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性なるスピリチュアル♪ 闇に光を☆

子育て中。クリスタルチルドレン(?)善悪二元論からの脱却や中庸を目指して。沖縄在住。Twitter @spilun9

光の存在も影の存在も創造主からの使者?

(この記事は下書き状態です。)

最近このように感じるようになりました。

あえての「悪役」。あえての「光役」

分かりやすいように。

学びやすいように。

どちらも極端な姿をあえて振る舞っているのでは。

それぞれが創造主からの使者かもしれない。

人間はきっとどちらにもなりきれない。

少なくとも物質界で生きる人である間は。

「人間」にはそういう意味もあるのかな。

食欲、性欲、睡眠欲、金銭欲、名誉欲、などあらゆる私欲。

私欲を無、利他欲を大にした姿、すなわち光 (仮称 善)

私欲を大、利他欲を無にした姿、すなわち影 (仮称 悪)

どちらも人間にはムリ。

それを目指しちゃうとおかしくなる。

目指してみるのも自由ではあるけど。

私欲と利他欲の極端な姿を見て比較することで、

自分の中でちょうどいい折り合いをつける。

それが求められているのかも。

究極にはこの宇宙に善も悪もないけど、

言葉の方便として私たちに分かりやすくするために、仮の表現として「善悪」を使うのでは。

分かってもらうため、比較したり考えてもらうためにあえて、創造主や高次元の方々は光や影の存在を造りあえて送り出す。

光も影もそれはそれで必死に使命を果たす。

けど、宇宙や地球がどちらかに偏りすぎることがないように調整はされる。と。

その中でどちらかと言えば光を目指してほしい、意識してほしい、けど影も排除はせずに愛してほしいと。

人間の魂にも同じように光と影を埋め込んだ。

だから人は二面性があり、みんな迷う。

その迷いさえ、創造主からの、人間界を最大限に楽しんでほしいという愛。

苦難さえ、心の奥底では楽しむくらいのゆとりをもってほしい。

一人一人に、常にちょうどいいくらいのイベント、苦難、関門を用意してあげる。

それは究極の事も含めて。

自由意思も尊重されるので、そういった極端な試練は少なくとも今は「キャンセル」や「お断り」しています。

人間ですし、取り返しのつかないような極端な事は嫌です。

万一起きてしまったのなら、それ事態は乗り越えるよう受け入れますが、だからといって自ら不幸を望むことは、少なくとも今の自分はしません。

より平和な世の中を願い、祈ります。