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性なるスピリチュアル♪ 闇に光を☆

子育て中。クリスタルチルドレン(?)善悪二元論からの脱却や中庸を目指して。沖縄在住。Twitter @spilun9

仮の常識・仮の法律

これまでの時代は、地上世界の人間が作り出した法律や秩序、常識をほぼ強制的に守り合い、守らないものには時に極刑を与える事で、私たちの平穏はある程度保たれ、常識として働くことでより豊かな社会に発展してきたと思います。

転生を繰り返すことで、常識を守る多数派の立場、守らない少数派の立場も経験してきたかもしれません。

異なる国や性別、星だけでなく、異なる信念や真逆の価値観の政党を経験してきたかもしれません。

同じ愛や平和を至高の真理、宇宙の法と説いていても、やり方は多種多様ですよね。

愛のためなら、自分にとって真逆な行為や立場の者をどうするかも、意見や価値観が大きく分かれるところだと思います。

これまでの時代には厳しい常識や法律が、応急処置的に必要だったのかもしれません。

・肉体的に働けるものは働きなさい

・弱ったり老いたらめしは食わしてはいけない

・夫婦不和を起こしてはいけない

・ゴミを捨ててはいけない

・ケンカをしてはいけない

・罪を犯したものは社会から排除または極刑

・納税できない貧しいものは反社会的

・危険な存在や価値観は淘汰し社会を守れ

本来、肉体的にも精神的にも環境的にも無限の多様性を持つすべての人々に、一様に法律や常識を適用するのはそぐわない。

宇宙や高次の存在からするとその場しのぎで、人の内面を十分には掘り下げずに作られた法律や常識であり、欠陥も多々あるけれど、当時の人々に心の深い話や、人や立場や状況による細かな場合分けを規定するよう説得しても理解できないのだから仕方がない。

まずは応急処置として、法律や常識を整備してもらおう。

しかしこれからは、仮で作られた常識や法律に心で向き合い、不調和があれば修正していく。

心を大切にすれば、何かを基準に制度の対象かそうでないか、0か100かの線を引くなんて本来は不可能なはずです。

例えば福祉も、一線を越えた対象者には程度を問わずほぼ同じ額を支給し、一定程度回復したと判断すれば支給をいきなり皆無にする。

これでは回復するためのモチベーションにも歯止めがかかってしまいます。

配偶者の収入に対する税金控除も同じです。

ある金額を超えると極端に課税されてしまうのでは、就労意欲や職場全体にもモチベーションが下がるのは、地上人間である以上自然なことだと思います。

しかしこれは、私たちが行政の無駄削減という表面的な事ばかりを求めてきた結果だとも思います。

よりスピリチュアルな制度、より心に配慮した制度を意識する事も大切だと思います。