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性なるスピリチュアル♪ 闇に光を☆

子育て中。クリスタルチルドレン(?)善悪二元論からの脱却や中庸を目指して。沖縄在住。Twitter @spilun9

セフレに走る心理

かつての自分もそれに走ったし、今でもそういう欲はあります。

自分の幼少期の家庭は、あまり会話がなく、あったとしても単なる情報のやり取り、最低限の連絡程度でした。

それに対し、一般的に理想とされるコミュニケーションが、「情緒的会話」です。

うちにはその情緒的がなかった。

ちょっとした冗談を言ったり、ふざけあったりが、特に高学年に行くにつれほぼ皆無になっていた。

だから学校でもポツンと座り、誰とも話がはずむ事はほとんどなかった。

優しい子が話しかけてくれても、それは気を使ってくれてるだけで、今思えば会話のキャッチボールではなく、自分の話ばかりしていた。

そりゃ友達できないよ。

自分だって、自分の話ばかりする人とはそんなに長く居たいとは思わないし、長くいるにつれ苦痛。

けど、恋人に出会い、その家族と交流し、情緒的会話というものを肌で教えてもらった。

お互いに冗談を言ったり突っ込んだり。

それでもまだ、人と人が年単位で仲良くする事を、あまり経験がなく、知らなかったし、恐れていた。

1年もすれば話す事なんてなくなる。

そう思ってた。

確かにややマンネリな時期はあった。

けど、それは自分を出せてなかっただけ。

最初は怒り爆発させてしか本音を言えなかったけど、だんだん普通に言えるようになってきた。

そしたらお互いの遠慮が少しずつ取れてきた。

まず、自分は男だからか、記念日や何かっちゃバイキングやカフェに行くのが苦痛だった。

スポッチャ行ったりボーリングしたりスポッチャしたり、もっと体動かす事しようよ!

それすらなかなか言えなかったし、そんな自分の気持ちにさえ気づいてなかった。

けど気づいても、せっかくの記念日なのにケンカ越しに言ってしまった。

でもその修羅場のおかげで、お互いの本音を知り合い、妥協点を見いだせた。

一応、女の人がそれほどオシャレなお店でごはんを食べる事を求めてて満たされる事を知ったので、そこまでなら大事な日くらいはもんくを言わず、むしろ積極的にとらえる事にした。

そして買い物の時は、自分は別行動させてもらう。

洋服コーナーにいるとものすごく疲れてしまうのだ。

逆に電機コーナーやホームセンター、本屋さんとかに行くとテンションがあがる。

話は大きくそれたけど本題に戻ります。

性に走るのは情緒的会話、コミュニケーションの深まる事の楽しさを知らないからこそ起きやすいのではと思う。

だから、ボディタッチや体をさするコミュニケーション、そうした性以外の深いコミュニケーションの楽しさを小さなうちから体感させていけたら、

性欲に溺れたりそこから抜け出せなくなるような可能性は、かなり減るんじゃないかな。

逆に性に溺れてしまって、誰とも仲良くできなくて孤独な人々も、どうにか人と人が性以外でも深く関われる楽しさを体感できたら、いいんじゃないかな。